毎月、挿絵を描かせていただいている月刊「到知」の鈴木秀子先生の連載「人生を照らす言葉」の今回のテーマは、スーザン・バーレイの絵本「わすれられないおくりもの」です。
テーマは「死」なんですね。編集の人から、次回のテーマは「死」ですと聞かされたときは、どうしたものかと思いましたね〜。
しかも、絵本なのであえて画像は見ないでおきました。
死んでしまったアナグマのことを思い、残された動物たちは悲しみにくれ、それでも次第にアナグマにしてもらったたくさんのことを思い出し、モグラがある春の日に丘にのぼって、アナグマが残してくれたことにお礼を言うのです。
「ありがとう、アナグマさん」
モグラはアナグマがそばで聞いていてくれたような気がして、きっとそうに違いないという言葉で終わっています。
そんな感じを絵にしてみました。
魂は永遠なのでしょう。亡くなった人も、肉体はないけれど、そばにいるのではないかと思います。遠くまで見晴らせる丘の上から、空や雲や緑の草原を見ている時、永遠の魂の存在を感じるかなあと思いました。
割と「千の風になって」の世界観に近いお話なのかもしれませんね。
返信削除魂があるのかないのかわかりませんけど、奈良の甘樫の丘に登った時は、なんだかものすごいパワーを感じた・・・気がしました。
まぁ、今となっては飛鳥時代あたりに入れ込んでいたので錯覚しただけのような気もするのですが(笑)
私は見えないし、感じない人なので、見よう、感じようとしない方が分に相応のような気がするんですよね。
でも、ルルドの泉の水はちょっと飲んでみたい気もしますね(笑)
しもさん
返信削除ありがとうございます!
そうそう、そんな感じです。「千の風になって」のように、魂は肉体から離れても生き続けるということでしょうね。
もちろん、私にもわかりませんが、亡くなった父が今でもいるような感じはしています。
そうそう、ルルドの泉の水、いただいたことがありました。父が入院していたときに、近くの教会の方がくださったのです。でも、飲んだのかな。結局亡くなりましたから、寿命でしょうけれど、どうなんでしょうね。
似たようなもので、チマヨ教会の砂というのがあって、私の腰痛がひどいときに、友達がわざわざ持って来てくれたのですが、その時はその友達の行為が嬉しくて泣けましたね。そういう思いが身体に効く気がしました。
暑いので、お身体大切にしてくださいね。娘も例の中学からのメンバーとさくらんぼ狩りにいって、大丈夫なのか心配でしたが、なんとか野菜を買って来てくれました。肝心のさくらんぼは無し!そういうヤツですね。