2011年9月19日月曜日

本当の幸福感

やっと、ここ数日、痛み止めの薬を飲まずに過ごすようになりました。

本当に痛かったです。でも、痛いということの辛さもさることながら、天使たちと繋がれなくなったことが、なんといっても困惑しました。

天使の瞑想をしても、途中でものすごく眠くなって寝てしまったり、ちっとも天使からのメッセージを受け取れない気分になっていました。下手に考えるよりは、眠った方がいいと思いますが、なんともいえない分離感があって、一体どうしちゃったんだろうという不安が湧いて困りました。

それで、思い出したのですが、高校生のとき、私はとても大きな幸せ感というのを体験したことがあるのです。

私は中学、高校と寄宿舎に入っていたので、自由に外出もできませんでしたし、毎日、規律の中で生活していたのですが、慣れてしまえば、それも楽しく、友達にも恵まれ、美しい自然の中で結構のびのびとやっていました。

カトリック系の学校でしたので、黙想の日や、静かに過ごす時間などは、沢山ありましたが、ある時、なんと言ったらいいのかわかりませんが、とても不思議なのですが、神様の存在とでも言うようなものが、とてもしっくりと感じられた気がしたのです。

スピリチュアル的な言い方をすると、ソースとつながれたとでも言うのでしょうか。

それは、なんともいえず幸せであたたかい感覚なのです。物が沢山あるわけでもないですし、勉強するのも、寝るのも大きな部屋で24時間人と一緒でしたし、なかなか厳しい生活ではあったのですが、その時は、そんなことは少しも苦にならず、ただただ幸せ感にあふれていたのです。

自分は一人ではないんだという感覚があり、何を見てもありがたく、目には見えないのですが、大いなる何かの存在をしっかりと感じているのです。

結局、卒業して、大学に入って自宅から通学するうちに、色々な情報や物欲を追いかけるのに忙しくなり、あの感覚がすっかり薄れてしまったのですが、今でも、あのときのなんとも言えない幸福感こそが、私たちが欲しいと思っている幸せ感というものではないかと思うのです。

夢を叶えたり、欲しいものが手に入ることも、辛い状況からの回復も、引き寄せたいとは思いますが、あの時の幸せ感は、何かが手に入ったり、叶ったから…ということでは全然なくて、心の奥でガシッと、ゆらぐことのないものとつながっている感覚なのです。

引き寄せの法則の中に、「オールを手放す」という言葉が出てきます。この言葉は、とてもしっくりきて、よく、自分でガンガンやろうとしているときに、「あ~、また自分でオールを持って上流に向かって漕いでいたよ~」などと思うのですが、なかなか怖くてオールを手放せないこともあるのです。

でも、高校生のときの、あの感覚を思い出すと、なんとも言えない安心感があって、自分でオールを漕がなくても、もっとゆだねていられる感覚なんですね。

これまで、沢山のものを引き寄せてきましたし、願いも叶ってきました。でも、あの時の幸せ感が、おそらく人生で一番幸せだったのではないかと今思うんですね。

あのつながっている感じ…。その感覚を、ふと思い出して、そうそう、そうだよ~と一人納得して、やっと気持ちが落ち着いてきているところです。


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