2014年8月23日土曜日

夏目漱石「こころ」の挿し絵


毎月描かせていただいている月刊「致知」の鈴木秀子先生の連載「人生を照らす言葉」の挿し絵です。

今回は、夏目漱石の「こころ」です。

学生の頃、夏休みの宿題で、夏目漱石を読まなければならなくて、でも、眠くなってしまって全然読み進められなかったのを思い出しました。

まあ、そんなことはどうでもいいのですが、とても重い内容で、どうしたものかと頭を抱えましたが、こんな感じにしました。

少し怖い感じかもしれませんが、自分を見つめるということで、目を描いてみました。小説の中の「先生」の遺書のこともあり、手紙が破れている所から自分を見つめる目を描きました。

難しかったです(涙)。



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2 件のコメント:

  1. 「こころ」は高校2年の時に授業で3学期全部の時間を使って読み解いていきました。
    高校1年の夏休みに父を腎臓病で亡くした私は、割とこの主人公と似た境遇にいたんですよね。
    それで何か思うところがあるかと思ったのですが・・・
    薄暗い部屋の中に真白いシーツがあって鮮血が飛び散っているイメージしかわかなかったです。
    「先生と遺書」とか物凄く暗いのに、Kは失恋で自殺したり先生はKを嵌めたことを後悔し続けて、ついには自殺をするような終わり方ですしね。
    Kにしても先生にしても、何も死ぬことはないんじゃないかと。
    恋愛ですったもんだがあるのはいつの時代でもそうだし、そんなことで死ぬより別のいい人探せよ、と。
    死んじゃった友人のことをいつまでも悔やんでいてもしょうがないし、そうまでして手に入れた幸せならしっかり生きろよ、と。
    大体近い人が二人も自殺したら先生の奥さんも後追い自殺しちゃうんじゃないか?
    そもそも、主人公の私はその後どうしたんだ?

    あの頃の私、希望に満ち溢れていて若かったなぁ(笑)
    今でもよくわからないですが、人間というものは自分が考えているよりも残酷なことができるのかなと思います。
    そういう自分に気づかないで一生を終えればいいんでしょうけど、気づいてしまった時には恥知らずとして生きていくか、生きていけないかの二択しかないのかな、と思ったりするのですが。
    でも最初は恥知らずと思っていても慣れてしまうものだから、やっぱり死ぬ必要はないのかなぁ。
    解説書とかでは乃木大将の殉死とかぶせてあったりしますけど、ヒントにはなっているかもしれないけどちょっと違う気がするんですよね。

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  2. しもさん、コメントありがとうございました!遅くなって失礼しました。
    三学期の全てを使って読まれたんですね。そして、まだ高校生でお父様がお亡くなりになったこと、なんという早いお別れかと胸が痛みます。
    死がとても身近に描かれている作品ですが、現代の私たちからすると、概念がこの頃とは色々違って来ている気もします。
    高校生のしもさん、希望に満ちあふれていたんですね。本当に、十代ってやっぱり夢があって希望もありますね。まあ、今もありますけどね。ちょっと違って来ているかな。

    生きていくってなんでしょうね。色々な体験をするってことなのか。体験しないと、本当にわからないですもんね。いい悪いではなく、体験なのかな。いつか必ず死ぬことは、救いでもあります。でも、Kしても先生にしても、何も死ななくても…という言葉が一番私ヒットです!

    それにしても、この作品を絵にするのは、本当に難しかったです!

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